此処は海上から侵入する外敵を防ぐ為に、朝鮮孝宗7年(1656)に構築した要塞であります。高宗3年(1866)10月天主教弾圧を口実に侵入したフランス(ロズ)の極東艦隊と、高宗8年(1866)4月通商を強要して侵攻してきたアメリカ(ロジャス)のアジア艦隊、また高宗12年(1875)8月侵攻してきた日本軍艦雲揚号と、熾烈な戦闘を展開した激戦地であります。当時フランス、アメリカと日本の艦隊は優れた近代式武装であったのに対して、我が軍は、射距離も短く正照準率も低い劣悪な武器で、外勢に対抗して戦ったのであります。特に日本軍艦雲揚号の侵攻は、高宗13年(1876)強圧に依る江華島修好条約(丙子修好条約)を締結、仁川、元山、釜山港を開港するに至り延いては我が国が主権を喪失する契機となっ....
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